
地域にはたくさんの素晴らしい方々が様々な活動をされています。
そんな “ひと”にスポットライトをあててご紹介します。 |
お店はまるで博物館
お店に入ると正面に古いお茶つぼが並んでいるのが目に入ります。豊臣秀吉が宇治橋から水を汲むために千利休に作らせたというつるべや、一休和尚が当時親交の深かった通円の御当主に贈ったという木像も一緒に並べられています。宇治橋とともに古くからいろいろな文献や絵図に登場している通圓さんですが、建物自体も寛文12年(1672年)に建てられた江戸時代初期の建築が残っているので、ほとんど昔の絵図そのままの姿を今も見ることができるのです。戦時中には解体の危機もあったそうですがその寸前のところで終戦となり、この建物が残りました。
長い歴史の中ではきっと何度も大変なことがあったことでしょう。850年もの歴史を受け継ぎ今に伝えている通圓さんは、とても貴重な存在です。
このような特別な家に生まれ、受け継ぐ宿命を担うというのはどんなに大変なことだろうと想像します。お会いする前には実はとても緊張したのですが、御当主の通円亮太郎さんは、柔らかな笑顔で私たちを迎えてくださいました。
お店の一角に囲炉裏があって、その場所に座ると自然と奥の古い道具類が目に入ります。囲炉裏の奥の御当主は、ポットのお湯を柄杓で湯冷ましの器に移しています。途切れることなく話をしながら、白い薄手の茶碗にお茶が注がれ、花形の茶托にのせて勧めてくださいました。ちょうど新茶の季節。お茶の緑が白い茶碗に映えています。家ではつい熱いお湯でせっかちに入れてしまうので茶碗が熱くて持てなかったり、冷まさないとすぐには飲めなかったりするのですが、すぐに口をつけてもちょうど良い温度、口の中にほのかな甘みが広がります。
「自分で作った茶碗でお茶を楽しむというのもいいですよ。」
それはとても素敵だなあ、と想像します。
あたりまえのことを大切に
―宇治の町に対して思うことはありますか。
「宇治川周辺の景観は美しいです。その一方で宇治は町並みの美しさに欠けると思います。景観保全地域に指定されたことで、新たには広い土地が買えるお金持ちしか住めない。反面昔から暮らしている人は家を維持していくのが大変です。自分のことだけでなく周りに対する配慮や思いやりが大切だと思います。そういうことを考えて欲しいです。」
「人の心が変わってきているのを感じます。他の人間に対する心遣いができない、自分さえよければよいという風潮がある。商売も、目先の利益が大事にされる。宇治はもともと優雅な土地なのです。商売も上品にしていきたいと思っています。」
「よく、家訓はありますか、と聞かれるのですが、うちは家訓はないのです。出る杭は打たれるといいますが、ぼちぼちとやっています。日々の積み重ねが大切だと思っています。」
「子どものころはこの古い家が嫌でした。子どもは友達と同じというのがいいものですから。サラリーマンのほうがいいと思ったこともあります。自慢できるようになったのは大人になってからですね。」
「お茶は水によっても味が変わります。宇治川の東と西では水の味が違います。伏見にはお酒を造るのに良い水が出ますが、お茶を点てるのには宇治の水が合っています。」
お話を伺っていると、お茶は単に渇いたのどを潤すだけの飲み物ではないということに思い至ります。お茶のお話、歴史のお話、御商売のお話、通円さん御自身の考え方など全部に通じる哲学のようなものがあるように感じました。
お茶の時間
私は、実家にいる頃はよくお茶を飲んでいました。お茶どころ宇治に来て、逆にお茶を飲まなくなっていました。「お茶入ったよ。」という母の声に呼ばれて自然と家族が集まって、とりとめのないおしゃべりをしたり、また、お茶の間でそれぞれ自分のことをしながらも何となく近くにいるというのが常だったように思います。
「最近はお茶を囲んでの時間が無くなって家族のコミュニケーションが疎遠になっている」
と通円さんもお話になっていました。
最近ゆっくりお茶を飲んでいないというのは、あわただしく過ごしていて心にも余裕がないということなのかもしれません。私も家族とおいしいお茶を楽しみたいと思い、お薦めのお茶をひとついただいて帰りました。通円さんが薦めてくださったのは、有機栽培の煎茶でした。農薬や化学肥料を使わずに味の良いお茶を栽培するのは難しいということですが、安心感があって更にうれしい気持ちになります。せっかく宇治に住んでいるのだから、心豊かにお茶の時間を楽しめるような暮らしを日々積み重ねていきたいと思いました。
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参考:通圓パンフレット
取材と記事 : 高橋邦子 (NPO法人
まちづくりねっと・うじ サポーター)
撮影 : 谷山 光 (NPO法人
まちづくりねっと・うじ サポーター) |
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